『元夫がかなり粘着質な性格をしていて、それが耐えられなく離婚をしました。離婚後の生活を安定させるため、できるだけ引っ越し先や連絡先(以下「本件個人情報」といいます。)が元夫に知られないようにしたのに、元夫と仲が良かった親戚がうっかり漏らしてストーカー被害に遭いました。また引っ越し等をしなければならなくなったのですが、その費用等を親戚に請求することは可能でしょうか?』(元夫と婚姻関係にあった者を以下では「本件元妻」といいます。)。

さて、こんな場合に損害賠償を請求することは可能なのでしょうか?解説します。

目次

個人情報保護法とは

どのような情報が個人情報になるの?

個人情報とは、生存する個人に関する住所・電話番号・勤め先・最寄りの駅・メールアドレス等の特定の個人を識別することができる情報をいいます(個人情報の保護に関する法律(以下「本法」という。)第2条第1項参照)。

さらに、その情報単体では個人を識別することができなくとも、他の情報(法の定める個人情報に限られません。)と容易に照合することで特定の個人を識別する情報も当該個人情報に含まれます。

この点からすると、本件個人情報は、それ自体で特定の個人を識別できる情報又は氏名と合わせれば特定の個人を識別できる情報に該当することは明らかです。したがって、これらの情報は個人情報に該当します。

個人情報を流出させた場合、どのような罰則があるの?

本法第83条によると、個人情報取扱事業者が自己又は第三者の不正な利益を図る目的で提供又は盗用した場合には、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処すると規定しています。

個人事業取扱事業者とは

本法第2条第5項のとおり、個人データベース等を事業の用に供している者で国、地方公共団体等以外の者をいうとされています。この規定は、平成27年改正法により改正された規定であって、改正前は、5,000件未満の個人情報を取り扱っている業者を除外しておりました。

しかしながら、5,000件未満の取り扱いがあろうとなかろうと大切な個人情報ですから、その保護の重要性にかんがみ、改正法は件数の下限を設けることを廃止しました。そして、個人情報データベース等を事業の用に供する者をいうものとすると改正されました。

個人情報データベースとは

本法第2条第4項のとおり、個人情報データベースとは個人情報を含む情報の集合体であって、例えば、特定の個人情報を検索できるように体系的に構成したものをいうとされています。具体的にはデータベースのことです。

ただし、インターネットの検索エンジンは、個人情報に限定した検索システムを備えているわけではなく、キーワードと同一の文字列であれば個人情報であるか否かにかかわりなく法人名や地名を含めて検索する仕組みになっているので、個人情報データベースに含まれません。なお、単一の個人情報を提供した又は盗取させたに過ぎない場合には、個人情報データベースの提供又は盗取したものとはいえませんので、刑罰を科すことはできません。

自己又は第三者の不正な利益を図る目的とは

まず「不正な目的」については、本法第76条各号で定められた報道機関が報道の目的で個人情報を取得する場合などの目的といった表現の自由の正当な行使に該当するような場合には「不正な利益を図る目的」には該当しないものとされています。

他方、報道機関に従事する者であっても、金銭を喝取する目的で個人情報を取得したような場合には「不正な利益を図る目的」に該当します。

個人情報の流出が発覚した場合の処理

個人情報が流出した場合が発覚するケースの大抵は、見ず知らずの者から明らかに個人情報にもとづく連絡・告知等が届くようになったことにより発覚するケースです。本件においては、離婚した夫が引越し先に現れたり、また引越し後の連絡先に連絡があったようなケースで発覚する場合です。

個人情報を知られては困るとわかっているのに、漏らしてしまった親戚に対して損害賠償を請求できる?

まず、仕事として個人情報データベースを取り扱っていない親戚であれば、個人情報取扱事業者に該当しませんので、個人情報保護法に基づく請求はできません。

他方、当該親戚が、元夫に本件個人情報を知られては困るとわかっているのに、元夫に本件個人情報を告げた場合には、元妻に再び転居する費用等の損害が生じており、この損害は当該親戚が元夫に本件個人情報を告げなければ生じなったといえるのが相当であることから、当該親戚は、本件元妻に対し民法第709条に基づく不法行為に基づく損害賠償責任を負います。

引越業者が転居先を漏らした場合

まず、引越業者に対し引越しを依頼する際の契約では、例えば、個人情報をみだりに漏えいしないことなどといった個人情報の保護条項が締結されているのが通常です。そこで、引越業者が元夫に対し本件元妻の本件個人情報を告げた場合には、当該契約条項に違反することになるので、契約違反として債務不履行責任に基づく損害賠償責任を負うことになります。

個人情報を流出させた人の立場によって損害賠償や刑罰の可否は異なるの?

個人情報を流出させたのが友人であった場合

まず、本法第2条第5号に規定する個人情報取扱事業者でない限り、個人情報保護法違反を理由として損害賠償や刑罰を科せられることはありません。他方、本件元妻を害する目的で元夫に本件情報を漏えいしたような場合には、不法行為に基づく損害賠償請求の対象となります。

なお、友人というだけでは刑法第134条第1項又は第2項に該当する専門職の地位にあったということはできず、さらに、仮にそのような地位にあったとしてもその業務上知りえた情報ではない限り、秘密漏示罪(刑法第134条)は成立しません。

個人情報を流出させたのが職場の人であった場合

まず、「職場の人」に属する企業の就業規則において、個人情報の保護条項や秘密保持条項があるのが通常ですので、当該者は、就業規則違反を理由に懲戒処分をうける可能性があります。

次に職場の人が刑法第134条第1項に列挙されている職業に従事しており、本件情報をその業務上取り扱っていたのであれば、当該者は他人の秘密を漏らしたとして秘密漏示罪(刑法第134条)により処罰されるおそれがあります。

さらに、当該者が本件元妻を害する目的で元夫に本件情報を漏えいしたような場合には、不法行為に基づく損害賠償請求の対象となります。

個人情報を流出させたのが親であった場合

この場合には、単に親子という身分関係において知っていた情報ということになり、職務上知りえたということもできないため、元妻を害する目的で元夫に本件情報を漏えいした場合に不法行為に基づく損害賠償責任を負うことはともかく、これ以外の事由による損害賠償や刑罰権の行使は難しいでしょう。

個人情報を流出させたのが市町村等の自治体であった場合

自治体自体の責任

まず、自治体には、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律第6条第1項に基づき、個人情報の漏えいが生じないように必要な措置を講じる義務があります。そして、当該自治体が、この義務に違反して、本件情報を元夫に漏らしたという場合には、同法違反の違法な行為により本件元妻に損害を生じさせたとして国家賠償法第1条第1項に基づく損害賠償責任を負います。

自治体の職員の責任

自治体職員は、地方公務員法に基づく守秘義務を負っています(地方公務員法第34条、第60条)。当該職員が元夫に本件情報を守秘義務に反して漏えいした場合には、当該条項に基づく処罰されます(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金です。)。

個人情報を流出させたのが利用しているサービスを提供している企業であった場合

当該企業は、個人情報取扱事業者に該当し、かつ本法第20条により本件情報のような個人情報の管理義務を負っており、これを受けて当該サービス提供に係る契約において個人情報の管理責任を企業が負う旨の契約があるのが通常ですので、当該企業が本件情報を元夫に漏えいしたような場合には、当該条項違反に基づく損害賠償責任を負います。

個人情報漏えいにより損害が生じた場合、どのような損害であれば賠償が認められるのか

損害と賠償との関係は、基本的には、通常の損害については債務者の行為がなければその損害が生じなかったと社会通念に照らして相当と認められる関係がある場合には、その損害は賠償の対象となります。そして、通常はそのような損害が生じるとまではいえない場合で、ある特別な事情が介在したことより当該損害が生じた場合には、その特別の事情を債務者が知って又は知り得た場合には、その特別の事情が介在して生じた損害についても、債務者は賠償責任を負うことになります。

引っ越しを余儀なくされました。引っ越し費用は請求できますか?

請求することができます。

本件情報の漏えいと元妻が引っ越し費用を支出した因果の流れを整理すると、本件情報の漏えい行為→元夫のストーカー行為→転居に伴う引っ越し費用の支出という関係になります。本件情報の漏えいを行った者に対し、引っ越し費用を賠償させるためには、この因果の流れが常識的にみて相当である必要があります。
離婚後の夫が元妻のストーカーとして付きまとう行為を行っている事象がままあることとされている現代において、本件のように離婚後の元夫に元妻の転居先等を内容とする本件情報を開示すれば、それを知った又は現実に元夫の存在を当該転居先で目の当りにした妻は、夫に付きまとわれるのを回避するために転居を行う可能性は否定できないところ、このような性質をもつ本件情報を漏えいした場合に、常識的にみて本件情報の漏えい行為→元夫のストーカー行為→転居に伴う引っ越し費用の支出という関係が成立するといえます。本件情報の漏えい者に対し引っ越し費用を請求することができます。

居場所を知られた結果、元夫に暴行等の被害を受けました。治療費は請求できますか?

請求することができます。

まず、本件情報の漏えいと治療費発生の関係について整理する必要があります。すなわち、本件情報の漏えい→元夫の傷害行為→治療費発生という関係が認められます。そして、元夫の暴行という第三者の傷害行為という犯罪行為が介在しているという特別の事情があります。
そこで、漏えい者が本件情報を漏えいした際に、例えば、漏えい者が、元夫が元妻のストーカーとなっていることを知っていることや、元妻が転居先を元夫にも伝えないでほしいなどと告げていたことを知っていたような場合には、漏えい者が元夫が当該傷害行為が起こすことを予見できるような事情があったと認められ、本件情報の漏えい→元夫の傷害行為→治療費発生という関係があることが認められ、治療費を請求することができます。

ストーカー被害により、重篤な怪我や死亡する事件になっていたら損害賠償は請求できますか?

請求することができます。

まず、本件情報の漏えいと怪我や死亡事故との関係を整理すると、本件情報の漏えい→怪我や死亡事故を引き起こした元夫の傷害・殺害行為→怪我や死亡事故の損害(後遺障害慰謝料・逸失利益・死亡慰謝料等)となります。そして、こういった行為を特別の事情と考えると、本件漏えい者が、例えば、元夫が元妻に対し、過去にこのような行為をしたことのあることを知っていたような場合には、本件漏えい行為を行えば、元夫の傷害・殺害行為が行われることを知り得たとして、上記関係が認められることになります。このような場合には、我や死亡事故の損害について賠償請求をすることができます。

怪我の費用や引っ越し費用は元夫に対しても請求できますか?

この場合、元夫は、本件元妻の引っ越しの原因やけがを負わせた張本人にあたり、当然にこれらの費用について賠償請求をすることができます。

個人情報流出を防ぐためにできること

情報を漏らしそうな者には言わないことです。そして、周りの者にもあの人には言わないでとくぎを刺しておくことです。

これで済めばいいのですが、もう一手詰めておく必要がある場合には住民票の閲覧制限を使いましょう。要するに、自己の住民票を自由に閲覧できなくする制度です。できれば、転居前に以下の手続きをしましょう。

住民票をブロックする方法

まず、警察等で自分がDV被害に遭っていることを相談します。そうすると、「住民記帳台帳事務における支援申出書」という書面をもらえます。これをもって住民票登録のある市役所に提出します。

市役所は、警察等に意見を徴した上で、住民票に閲覧制限を課します。その後に、転居をして住民票を移します。

これにより、元夫等の加害者からの直接の請求はもちろん、代理人を用いた住民票の閲覧請求もできなくなります。ただし、すべての者に住民票の閲覧請求ができなくなるわけではなく、例えば本件元妻に対する裁判上の請求をする第三者や弁護士等の専門資格者からの請求に対しては閲覧制限はかかりません。

今後同様のことが起こった場合、再度損害賠償を請求することは可能か

この場合には、漏えい者は、過去に元妻が同じような被害に遭っていることを知りつつ、再度漏えい行為を行っているので、当然、漏えいが生じれは元夫が元妻に過去に行われたのと同様に被害を与えることを予見できるものといえ、過去に被害にあったのと同様の被害が今回も生じているのであれば、漏えい者はその被害に係る損害を賠償する責任を負います。

まとめ

以上のように情報の漏えいと賠償や刑事責任の追及については、法律解釈も難しいことや損害賠償を請求するための証拠の確保にも非常に専門性を要することになります。このような場合には、法律の専門家である弁護士に相談されることを強くお勧めします。