交通事故に遭い顔に傷跡が残ってしまった場合、被害者の精神的ショックは計り知れません。加害者にしっかりと賠償してもらうには、どうすればよいのでしょうか。交通事故で顔に傷を負った場合の賠償金請求について解説します。

顔に傷が残ったら慰謝料請求できる?

慰謝料とは交通事故により治療等を受けることになったことによる精神的苦痛を損害として評価したものです。交通事故により顔に傷が残った場合の慰謝料としては通院慰謝料と後遺障害慰謝料の2種類が対象となります。

「醜状」が後遺傷害として認定される理由

外貌に醜状があったとしてもほとんどの職業で就業すること自体は可能です。したがって、外貌の醜状自体は直接的には収入の減少に直結しません。損害を収入の減少ととらえると、外貌の醜状自体は損害として認められないとも思えます。

しかしながら、外貌の醜状により就労の制限、職種の制限、失業、職業の適格の喪失等の不利益をもたらし、結果的に労働者の労働能力の低下につながり、収入の減少が発生することになります。よって、外貌の醜状も後遺傷害として認定する必要があるのです。

醜状に係る後遺障害等級の構造

醜状に係る後遺障害等級は、大きく分けると「外貌醜状」に係る等級と「上肢または下肢の露出面」に係る等級に分けることができます。そして、「外貌醜状」の方が、人の容姿への影響の大きさからして、重い等級が認定されることになっています。

「外貌醜状」が認められる要件

以下の説明は全て労災保険の認定基準によるものです。それだけ交通事故の後遺障害の認定は労災保険に依存しているということが分かると思います。したがって、交通事故の後遺障害を深く理解したいと考えられる方は、労災保険の認定基準を参照されるとよいと思います。ただし、実務の認定は非常に高度な法律的判断を要しますので、弁護士に依頼した方が安全といえます。

外貌

労災基準では「頭部、額面部、頚部のごとく上肢及び下肢以外の日常露出する部分をいう」とされています。上肢及び下肢は「露出面」という別の枠組みで判断されるため、上肢及び下肢は「外貌」には含まれません。なお、「日常露出」が要件となっているので、「日常露出」しない部分については基本的には「外貌醜状」の対象にはなりません(詳細は後記「留意点」参照)。

醜状

労災基準では「醜状」とは、原則として次のいずれかに該当するもので、人目につく程度以上のものをいう。

  • ①頭部にあっては、鶏卵大面異常の瘢痕(繊維組織が損傷等により破壊され、正常な組織と置き換わること)または頭蓋骨の鶏卵大面以上の欠損
  • ②顔面部にあっては、10円銅貨大以上の瘢痕または長さ3センチメートル以上の線状痕
  • ③頚部にあっては、鶏卵大面以上の瘢痕」

とされています。顔の傷などが「醜状」に留まる場合には、第12級に該当することになります。

相当程度の醜状

労災基準では「相当程度の醜状」とは、「顔面部の長さ5センチメートル以上の線状痕で人目につく程度のもの以上」をいうとされています。「相当程度の醜状」が認められる場合には第9級に該当することになります。「相当程度の醜状」とは「線状痕」のみが対象となっていることに留意してください。

著しい醜状

労災基準では「著しい醜状」とは、原則として次のいずれかに該当する場合で人目につく程度以上のものをいう。

  • ①頭部にあっては手のひら大(指の部分は含まない。以下同じ。)以上の瘢痕または頭蓋骨の手のひら大以上の欠損
  • ②顔面部にあっては、鶏卵大面以上の瘢痕又は10円銅貨大以上の組織陥没
  • ③頚部にあっては、手のひら大以上の瘢痕

とされています。「著しい醜状」の場合には、第7級に該当することになります。ところで、顔面部の線状痕では「著しい醜状」に該当しない点に「醜状」及び「相当程度の醜状」との違いが見出せます。

露出面

「露出面」を問題にするのは上肢と下肢です。露出面とは、交通事故においては

  • ①上肢にあっては上腕(肩関節以下)から指先まで
  • ②下肢にあっては大腿(股関節以下)から足の背まで

とされています(ここだけ労災基準とは大きく異なるところですので、あえて自賠責の基準で記載しています。)。

いずれも当該基準では上肢の露出面または下肢の露出面のいずれかに手のひらの大きさの醜いあと残すものとされています。上記に該当すると第14級に該当することになります。

留意点

外貌の醜状に該当するために他人から醜いと感じられる程度のものであることが必要です。そのため、外貌醜状の要件としては「人目につく程度以上」のものであることが要求されます。

その結果、瘢痕、線状痕及び組織陥没があったとしてもそれが眉毛や頭髪に隠れるような場合には醜状があったものとしてみなされません。そのため、機構における認定においては、被害者を面接して醜状の実態を把握する方法がとられています。

よく立証方法として認められるのが、事故前の写真と事故後の写真の比較です。例えば、眉毛の走行に一致して3.5センチメートル縫合創痕があり、そのうち1.5センチメートルが眉毛に隠れているときは、顔面に残った線状痕は2センチメートルとなるので、外貌の醜状には該当しないとされています。

また、交通事故により顔面神経麻痺を受傷することがあります。この場合には、後遺障害の等級の判断としては神経系統の機能障害ということで処理されますが、しばしばこれに伴って「口のゆがみ」が生じることがあります(例えば笑ったときに「引きつった笑い」になる症状がこれにあたります。)。この「口のゆがみ」は「醜状」として認定されることになります。

例えば、右頬部を受傷し、治療を継続していく途中で顔面神経麻痺を発症し顔半分は左方に引きつっている事例です。他方、これによりまぶたを閉じることができない状態(閉瞼不能といいます。)は外貌醜状の問題ではなく、眼瞼の障害として処理されることになります。

後遺障害等級と賠償金額の例

後遺障害等級は数字が若いものから重くなり、第14級が最下位の等級となります。

そして交通事故慰謝料を含めた交通事故の賠償金の算定の基準として大きく二つあり、自賠基準とされる自賠責保険金の算定に用いられる基準(自賠基準)と裁判基準という裁判所への訴訟提起を想定した賠償基準(裁判基準)があります。一般に裁判基準の方が高額となっているため、この点で弁護士に事件処理を依頼するメリットはあります。

なお労働能力喪失率については後記で説明します。

後遺障害等級 要件 保険金額 労働能力喪失率
自賠責基準 弁護士基準
7級12号 外貌に著しい醜状を残すもの 409万円 1000万円 56%
9級16号(新設) 外貌に相当程度の醜状を残すもの 245万円 690万円 35%
12級14号 外貌に醜状を残すもの 93万円 290万円 14%
14級4号 上肢の露出面にてのひらの大きさの醜いあとを残すもの 32万円 110万円 5%
14級5号 下肢の露出面にてのひらの大きさの醜いあとを残すもの 32万円 110万円 5%

留意点(改正について)

外貌醜状については平成23年に基準が改訂されるまでは、男女が区別されていました。

すなわち、平成23年改正前後遺障害等級7級第12号は「女子の外貌に著しい醜状を残すもの」とされ、男子については、同第12級第14号で「男子の外貌に著しい醜状を残すもの」とされており、男性が女性よりも外貌醜状において不利に取り扱われていました。

この男女間の取扱いの差異の合理性が問題となった京都地方裁判所平成22年5月27日判決において、この取扱いの区別が憲法違反であることが認定されました。これを受けて、厚生労働大臣は、性別に関わりなく等級を規定する方向で改訂し、これに伴い自賠責保険の認定基準も変更され、現在の基準となった経緯があります。

なお現在の基準は平成23年5月2日に公布されているのですが、適用は平成22年6月10日以後に生じた交通事故に適用されることとなっております(遡及して適用されますのでご留意ください。)。

顔の傷の賠償請求は「逸失利益」が認められるかどうかで差が出る

逸失利益とは

逸失利益とは、症状固定時から基本的には就労可能年齢(基本的には67歳とされています。)までに交通事故がなければ得ることができた収入(すなわち減収分)を損害とする損害項目です。

逸失利益の計算方法

逸失利益の性格が上記のとおり将来得ることができるであろう収入を想定し(基礎収入といいます)、これに交通事故により得ることができなくなった割合(労働能力喪失率)を乗じて、さらに、これを一時金で取得するので、年5パーセントで計算した中間利息を控除したものを逸失利益とします。

すなわち、逸失利益 = 基礎収入 × 労働能力喪失率 × 中間利息控除率で計算します。

外貌醜状と逸失利益の関係

逸失利益は労働能力喪失率の高低で大きく変わります。

ところで手足の欠損などと比較すると明らかですが、外貌醜状及び露出面の醜状(以下「外貌醜状等」といいます。)が発生したとしても、労働能力喪失に直結するものではありません。したがって、後遺障害等級の認定があったとしても、その基準どおりの労働能力喪失率が認められるかは別の問題なのです。つまり、後遺障害の認定を受けたとしても別途被害者の携わってきた労働が具体的に減少したのかを認定する必要があるのです。

例えば、容貌は現場作業員と受付ではその必要性が異なりますし、性別によっても大きな影響が生じます。このように個別具体的な事情を主張立証しなければ、基準どおりの労働能力喪失割合で計算した逸失利益は算定されないのが現状です。その意味でこの問題は専門的な事実認定を含みますので、法律の専門家の弁護士に依頼することをお勧めします。

顔や足に傷が残った場合の裁判事例

顔の傷を含めた外貌醜状は醜状自体の存在は明らかです。したがって、裁判における争点のほとんどは醜状の存在を前提とした労働能力喪失率です。実務上は線状痕に関する事例が多いところ、ほとんど基準に従って判断されています。つまり、自賠責の認定で等級に該当しないと判断されたものについて後遺障害として認定された事例はあまりありません。

第7級の事例

逸失利益に関する事例

女性のすし職人(症状固定時31歳)の右顔面の変形・醜形(第7級認定)等について36年間の56%の労働能力の喪失が認められました(東京地方裁判所平成6年12月27日判決)

慰謝料に関する事例

女性の海上自衛官(症状固定時27歳)の鼻から頬部にかけて長さ80ミリメートル、幅約2ミリメートルの白色脱色と線状痕等(併合第7級認定)について慰謝料1100万円が認められました(長崎地方裁判所大村支部平成17年10月28日判決)。

第9級の事例

逸失利益に関する事例

空港ラウンジで接客業に従事する女性の契約社員(症状固定時33歳)について、化粧をしても正面からそれと見て分かる右頬から右耳殻に至る長さ9センチメートルの線状痕(第9級認定)については、34年間の53%の労働能力喪失が認められました(名古屋地方裁判所平成26年5月28日判決)。

慰謝料に関する事例

アルバイトの女性(症状固定時33歳)について慰謝料として830万が認められた事例があります(東京地方裁判所平成28年12月26日判決、ただし、逸失利益は交通事故後に収入が増加しているなどの事情から否定されていますのでご留意ください。)。

第12級の事例

逸失利益に関する事例

小学生であった女児(症状固定時12歳)の顔面線状痕・陥没痕(第12級認定)について、今後の進路や職業の選択において不利益を受ける蓋然性は否定できないとして49年間5%の労働能力喪失率が認められました(名古屋地方裁判所平成24年11月27日判決)。

慰謝料に関する事例

女子中学生(交通事故時時14歳、症状固定時18歳)の顔面醜状(第12級認定)について、傷害慰謝料100万円、後遺障害慰謝料550万円が認められた事例があります(浦和地方裁判所平成6年7月15日判決)。

第14級の事例

逸失利益に関する事例

小学生の右下肢露出面の醜状痕(第14級認定)等(他に背中の醜状痕があり、これについては等級非該当とされています。)について、同級生から傷跡を指摘されたことやプールや公衆浴場の使用を避けたり、受診時に傷を見られることを嫌がったりしているなどの事情が認められることから、醜状痕が被害者の行動を制限していることを前提とし、将来を考える上で、当該醜状痕により行動や発想の制限を受け、職業の選択が制限されてしまうとして、就労後5年間5%の労働能力喪失率が認められました(横浜地方裁判所平成21年4月23日判決)。

慰謝料に関する事例

上記の事例で醜状について心無い言葉を受けることが多く様々な支障が発生しているという事情を認定して慰謝料として250万円が認められました。

治療により醜状が消失する可能性と後遺傷害の認定

昨今の医療技術の進歩により治療により醜状痕が消失する可能性があることが専門家の間では指摘されています。そこで、後遺障害の認定において、治療による醜状の消失を主張することができるかが議論された裁判例(大阪地方裁判所平成8年12月12日判決)があります。

その裁判例は交通事故により顔面に沈着した色素をレーザー治療により消失できるので、後遺傷害は認められないという加害者からの主張に対応したものです。

裁判例は、レーザー治療による効果自体が未確定なものであるとし、被害者がその治療を受けなかったからとしても後遺傷害を否定すべきではないと認定し、加害者の当該主張を排斥しました。レーザー治療のような醜状障害に関し一定の身体への侵襲を伴う治療手段を受けたからといって、その治療自体のリスクを考慮すると、そのこと自体を、後遺傷害を否定する理由とすることは妥当ではないものと考えられています。

まとめ

以上のとおり外貌醜状等の後遺傷害については非常に高度な法律的な判断を要します。したがって、そのような事例で出くわしたのであれ、弁護士に相談されることを強くお勧めします。