交通事故の被害に遭ったら、自賠責保険を請求するときに「被害者請求」と「加害者請求」の2つの方法があります。被害者請求を行った場合に、どのようなメリットとデメリットがあるのか見ていきましょう。

自賠責保険は交通事故の被害者を保護するための制度

原則として保険金が支払われるのは自賠責保険に加入している被保険者

自賠責保険は、交通事故の被害者を保護するために加入が義務付けられている保険です。
ただし、自賠責の保険金は、原則として自賠責保険の被保険者(自賠責に入っている自動車の保有者または運転者)に支払われることになっています。
被保険者は、被害者に対して損害賠償を支払った場合に、支払った限度で保険会社に対して保険金の請求をすることができるとされており(自動車損害賠償保障法15条)、これが本来的な流れと言えます。

交通事故の被害に遭ったら自賠責保険の請求をする2つの方法

被害者請求と加害者請求(事前認定)

とはいえ、自賠責保険は被害者保護のために最低限の賠償を補償するための制度ですから、加害者(被保険者)が賠償をした後でなければ利用できないとしたのでは、加害者に資力がない場合には被害者がいつまでたっても救済されないことになりません。
そこで、自賠責保険には、被害者請求と加害者請求(事前認定)という二つの請求方法が用意されています。

被害者請求

被害者請求は、交通事故の被害者が、加害者の加入する自賠責保険の保険会社に対し、直接保険金の請求をすることです(自賠法16条)。

加害者請求(事前認定)

これに対して、加害者が、被害者に損害賠償を支払った後、自賠責保険に保険金の請求をすることを加害者請求と言います。
加害者が任意保険に加入している場合、まずは自賠責保険で補償し、足りない部分を任意保険で補てんすることになります。
そのため、通常は、加害者の加入する任意保険会社が被害者に損害賠償を支払った後、自賠責保険で補償される部分について任意保険会社が自賠責保険の手続きを代行するという(任意)一括払いという方式が取られています。
また、後遺障害が残った場合には、任意保険会社が後遺障害等級認定の申請も行ってくれます(事前認定と言います)。

被害者の過失が大きい場合、一括払いの対応がないことも

加害者が任意保険に加入していた場合であっても、任意一括払いの対応がないケースがあります。例えば、被害者の過失割合が大きい場合、事故と負傷の因果関係が問題になる場合などは、自賠責保険からの求償が得られないおそれがあるため、任意一括払いの処理がなされません。
そうなると、被害者が治療費などをいったん立替払いして、被害者請求をしなければならなくなります。

加害者請求は被害者が自賠責保険に直接請求する必要はないが…

加害者側が加害者請求(事前認定)をした場合、加害者の加入する保険会社が医療機関等に直接治療費等を支払い、被害者に休業損害、通院交通費、入通院慰謝料を支払うことになるので、被害者が被害者請求をする必要はないといえます。
もっとも、後遺障害が残った場合には、事前認定と被害者請求で、後遺障害認定申請の結果が変わることもありえます。また、一般的には、加害者請求よりも被害者請求の方が、被害者に有利な結果になると言われています。

入通院慰謝料3つの基準と計算の違いは?

加害者請求した場合の保険会社の流れ

加害者請求をする場合、まず加害者の加入する任意保険会社が、治療費、休業損害等の賠償金を支払い(任意一括払い)、後に自賠責保険から自賠責で補償される部分を回収することになります。
任意保険会社が加害者請求をするのは、

  • 事故から1年が経過したとき
  • 支払額が自賠責の上限120万円を超えたとき
  • 示談が成立したとき
  • 被害者が被害者請求をしたことにより、任意一括払いが解除されたとき

などです。

被害者請求のメリットとデメリット

被害者請求のメリット

後遺障害の認定に有利

前提として、加害者の任意保険会社は、被害者の症状が後遺障害に該当すると判断されたとしても、何らの利益もないということを認識してください。そのため、加害者の任意保険会社は、被害者本人が請求する場合のような積極的に後遺障害を認めてもらおうという姿勢には欠けていると言わざるを得ません。
ですから、加害者の任意保険会社は、悪意をもって手抜きをしているというわけではないのですが、自賠責保険の請求に必ず要求される書類は提出しますが、それ以上に資料を作成するなどして何とか後遺障害を認めてもらおうという積極的な努力まではしていません。
そのため、事前認定では、被害者に有利な後遺障害認定がされない危険性があると言えます。

これに対して、被害者請求では、被害者自らが資料を集め、自賠責保険会社に送付しますので、必ず要求される書類以外にも、後遺障害を認定してもらうために有利になる資料を提出することができます。
たとえば、高次脳機能障害のように外部からわかりにくい症状の場合に、脳画像による検査だけでなく、日常生活の記録(本人はもちろん、家族などによる本人の日常、事故前・事故後の変化等をまとめたもの)を提出することで、審査の資料にしてもらうことができます。いわゆるむちうちなどの画像にあらわれにくい神経症状についても、痛みの程度、どのようなときに痛みが生じるか、日常生活に影響があるかなどを報告書等の表題でまとめて提出することが考えられます。

示談を待たずに、等級認定後に自賠責部分の保険金が支払われる

事前認定の場合、後遺障害等級に認定されただけでは、保険金は支払われません。後遺障害も含めて示談が成立し、賠償金を支払った後で、任意保険会社が加害者請求をするという流れになっているからです。

これに対して被害者請求の場合、後遺障害等級が認定されれば、示談を待たずに等級に応じた保険金が支払われます。

任意保険会社が提示する低い賠償金額で示談することを防げる

上記のとおり、事前認定では示談が成立するまで後遺障害についての賠償を受け取ることができませんが、被害者の中には、経済的に困っており、後遺障害の賠償を早く支払ってほしいという希望を持っている方も少なくありません。そのため、任意保険会社が低い金額で示談の提案をしてきた場合でも、やむを得ず示談に応じてしまうこともあります。

被害者請求は納得できるまで示談交渉できる

これに対し、被害者請求をすれば、示談を待たずに後遺障害に応じた保険金を受け取ることができます。経済的に困っている被害者も一時的に余裕ができますから、任意保険会社が低い金額での示談を提示してきた場合には、納得できるまで交渉することができるようになります。

事前認定で後遺障害等級が認定された後でも被害者請求できる

事前認定で後遺障害等級が認定された後でも、被害者は被害者請求をすることができます。
たとえば、事前認定で後遺障害等級が認定された後、任意保険会社から示談案が提示されたが、その額に納得ができないという場合には、被害者請求をして、示談前に自賠責保険の保険金を受け取ることができます。その後で、自賠責保険で補償されない部分について、任意保険会社と交渉を続けることになります。

被害者請求のデメリット

非常に手間がかかる

事前認定の場合、被害者は、医師に後遺障害診断書を書いてもらい、任意保険会社に提出するだけでよく、それ以外の資料の収集も含めた手続の全てを任意保険会社が行ってくれます。そのため、事前認定は、被害者にとっては非常に負担が少ないということが言えます。
これに対して、被害者請求をするには、基本的には必要書類を被害者側で全て集めなければなりません。必要書類については後で詳しく説明しますが、非常に多岐にわたります。
任意保険会社が任意一括払いで進めていた場合には、任意保険会社に診断書、診療報酬明細書などの資料がありますので、これらの写しをもらうことはできます。しかし、レントゲン等の画像は医療機関に用意してもらわなければなりません。複数の医療機関で治療を受けた場合には、それぞれの病院から資料をもらわなければなりません。
また、医師や医療機関が作成する資料のほかに、被害者自身が作成する必要があるもの(事故発生状況報告書など)もあります。
後遺障害の症状、程度にもよりますが、被害者自身がこれらの準備を行うことは大きな負担となる場合もあります。

費用がかかる

また、被害者請求の準備は、身体的な負担だけでなく、経済的な負担も大きいと言えます。
被害者が必要書類を集めて提出するということは、そのためにかかる費用も負担しなければならないということです。
診断書や診療報酬明細書の発行にも費用はかかりますし、レントゲン・MRI等の画像を取付けにも費用がかかります。
複数の医療機関で治療を受けた場合、交通費をつかって全ての医療機関から資料を集めて回る必要がある場合もあります。

このように、手間と費用がかかるということが、事前認定と比較したときの被害者請求のデメリットと言えます。

被害者請求は被害者に認められた固有の権利

被害者請求は、被害者に認められた固有の権利です。そのため、一旦は加害者請求の予定で任意一括払いの方法が取られていた場合でも、被害者が被害者請求をすれば、それが優先され、任意一括払いは解除されることになります。

事前認定と被害者請求はどっちが良いのか

後でも詳しく説明しますが、自賠責保険の請求をすると、損害保険料率算出機構の自賠責損害調査事務所が公正・中立に調査をします。ですから、事前認定であっても被害者請求であっても、同じ資料を提出すれば、同じ結果になるといえます。
そうなると、どちらがいいとはいえないとも思われます。
もっとも、「後遺障害の認定に有利」でも説明したとおり、事前認定では最低限の資料しか提出されないため、症状によっては後遺障害が認定されないおそれがあるといえます。

被害者請求によって支払われる金額

後遺障害等級保険金(共済金)限度額
第1級(介護を常時要する)4,000万円
第2級(介護を随時要する)3,000万円
後遺障害等級保険金(共済金)限度額
第1級3,000万円
第2級2,590万円
第3級2,219万円
第4級1,889万円
第5級1,574万円
第6級1,296万円
第7級1,051万円
第8級819万円
第9級616万円
第10級461万円
第11級331万円
第12級224万円
第13級139万円
第14級75万円

既に加害者から支払ってもらった分は被害者請求をすることはできない

被害者請求であっても加害者請求であっても、自賠責で補償される損害の範囲は変わりません。
そのため、加害者が被害者の損害の一部を賠償した場合、その一部については被害者が被害者請求をすることはできず、加害者が損害の補てんとして加害者請求できることになります。
被害者は、その余りの部分について被害者請求をすることができます。

被害者請求には本請求と仮渡金の請求がある

被害者請求には、本請求と仮渡金の請求というものがあります。

本請求

本請求とは、治療が終了し、損害が確定した後で、全損害について請求することをいいます。

仮渡金

もっとも、治療が長期間に及ぶと、その間の医療費の負担が大きくなったり、仕事を休んで収入を得られず、生活に困るという事態に陥るおそれがあります。そこで、被害者保護の観点から、損害が確定する前に、当面の医療費や生活費に充てるため、傷害の程度に応じて一定額を仮に支払う制度があります。これを仮渡金といいます。
仮の支払いですから、損害が確定した後、実際の損害が仮渡金より少ない場合には、差額を返還する必要があります。

被害者請求の方法

被害者請求の流れ

請求用書類を取り寄せる

被害者請求をする場合、まず加害者の加入する自賠責の保険会社を特定するところから始めます。
事故後に警察に届け出をしておけば、自動車安全運転センターが交通事故証明書を発行してくれるのですが、そこに加害者の加入する自賠責保険の保険会社名が記載されています。
交通事故証明書は、最寄りの警察署や自動車安全運転センター事務所で申請書に記入して取寄せるほか、加害者側の任意保険会社から写しを交付してもらうこともできます。
確認できた保険会社に連絡をして、被害者請求をしたいことを伝えれば、被害者請求に必要な書類一式を郵送してくれます。

請求先の自賠責保険会社へ提出

必要な書類が揃ったら、自賠責保険の保険会社に必要書類一式を送付します。
保険会社は、請求者から提出された書類を確認した上で、損害保険料率算出機構の自賠責損害調査事務所に送付します。

自賠責損害調査事務所による調査を行う

自賠責損害調査事務所は、事故の発生状況や支払いの適否(自賠責保険支払いの対象となる事故か、被害者の傷害と事故との間に因果関係があるか)、後遺障害等級に該当するか、発生した損害額はいくらかといったことを、調査します。
損害保険料率算出機構は、会員である保険会社から独立した法人で、中立的な機関として公正な調査を行います。
後遺障害が残った場合、症状にもよりますが、申請受付から審査の結果が出るまでに通常1~2ヶ月ほどかかります。それ以上の時間がかかる場合には、自賠責保険会社から連絡があります。

調査結果を自賠責保険に報告

調査事務所は、調査を終えると、その結果を自賠責保険会社に報告します。

保険会社による支払額の決定と支払い

自賠責保険会社は、調査の結果を受けて支払額を決定し、保険金を支払います。
後遺障害が認定された場合には、自賠責保険会社からその旨の通知があり、通知から数日程度で後遺障害の等級に応じた保険金が支払われます。

被害者請求の流れ

必要書類

被害者請求をするには、次の書類が必要になります。

自動車損害賠償責任保険支払請求書(自賠責保険の定型の書式)

自賠責保険会社から送付されてくる書類一式に含まれています。
定型の書式になっていますので、必要事項を記入します。

交通事故証明書

上でご説明した通り、警察署、自動車安全運転センター事務所などで申請するほか、加害者の任意保険会社から写しを交付してもらう方法もあります。

事故発生状況報告書

自賠責保険会社から送付されてくる書類一式に書式が入っています。
交通事故証明書には事故類型の記載もあるのですが、「正面衝突」「側面衝突」「出合い頭衝突」「追突」といった程度に分類されているだけですので、事故の発生状況について、詳しく説明する必要があります。

診断書・診療報酬明細書

医師の診断書、医療機関の診療報酬明細書(複数の医療機関で治療を受けた場合は全ての医療機関の分)を作成してもらい、送付します。加害者の任意保険会社が一括払いで治療費を支払っている場合には、任意保険会社が各医療機関から診断書、診療報酬明細書をとりつけていますので、写しをもらうことができます。

施術証明書

接骨院・整骨院で施術を受けた場合には、専用の施術証明書が必要になります。

印鑑証明書

請求者本人の印鑑証明書が必要です。

後遺障害診断書

後遺障害が残る場合、医師に後遺障害診断書を作成してもらいます。通常の診断書と違い、専用の書式があります。

レントゲン写真等

受傷時、症状固定時のレントゲン写真などを医療機関で用意してもらい、送付します。

休業損害証明書

仕事を休んだために休業損害が発生した場合には、勤務先に休業損害証明書を作成してもらいます。過去の収入を証明するために、源泉徴収票などの添付を求められることもあります。

付添看護自認書

医師の判断により付添が必要とされた場合に、近親者が実際に付添をしたときは、付添看護自認書が必要になります。
ただし、入院の場合、12歳以下の子供に近親者が付き添った場合のみ認められます。

委任状

被害者本人に代わって第三者が請求する場合、委任状と委任者の印鑑証明書が必要になります。委任状は所定の様式があり、委任者の実印を押印する必要があります。
被害者が死亡し、複数の相続人がいる場合に、その中の一人が代表して請求するときは、他の相続人の委任状、印鑑証明書が必要になります。

その他の書類(必要に応じて提出する)

後遺障害の症状について、後遺障害診断書の記載に付け加えて説明をしたいことがあれば、報告書等の表題で文書を作成し、送付してもいいでしょう。この場合、必ず用意しなければならない書類ではありませんので、様式は気にしないでいいでしょう。
醜状痕や変形障害については、後遺障害診断書にも記載(図や文章)がありますが、写真などがあればより分かりやすい資料になるので、該当部分を撮影した写真を送付するといいでしょう。

また、通院交通費を請求する場合には、通院交通費明細書が必要になります。負傷の程度によりタクシーなどを利用した場合にはその領収書等も必要になります。

被害者請求の時効は3年

被害者請求にも時効があることに注意が必要です。自賠法の改正により、時効期間は次のようになっています。

  • 平成22年3月31日以前に発生した交通事故の場合 2年
  • 平成22年4月1日以降に発生した交通事故の場合 3年

時効が完成すると、被害者から自賠責保険に請求することができなくなるので、早期に損害賠償の一部を受けることができなくなりますし、自賠責の後遺障害認定に不服があっても異議申し立てができなくなるおそれがあります。
ですから、時効にかからないよう注意が必要です。

まとめ

交通事故の被害者請求についてご説明しましたが、いかがだったでしょうか。
交通事故の被害に遭った場合には、被害者請求と加害者請求の違いを正確に理解し、適切な請求をしなければなりません。個人での対応が難しいと感じるのであれば、弁護士への相談を検討してもいいでしょう。