交通事故の過失割合にはちょっと特殊なものがあります。今回は、過失割合9:0について解説します。

過失割合が9対0ってどういう事?なんで足して10にならないの?

過失割合とは、全体を10割とした場合の被害車と加害車の事故発生の寄与度のことを意味しますので、被害車と加害車を合計すると10割になります。

しかし、示談交渉の経緯によっては、被害車と加害車を合計して10割にならない処理を行うことがあります。示談交渉の場面で「片賠」(かたばい・へんばい)という言い方をします。

なお、後記のとおり、片賠の特殊性として自車(被害者)の過失が相手車(加害者)よりも大きいけれど、この過失割合を前提にしても賠償額ベースで考えると相手車に対する賠償額が大きくなるケースを想定しています。そこで、過失割合という基準で見た場合、一般的な意味での被害車(過失割合が少ない側)・加害車(過失割合が大きい側)が逆転してしまうかもしれませんが、ご容赦ください。

「片賠」による解決が行われる理由

では、どうしてこのような片賠による解決が行われることになるのでしょうか。

例えば、被害車が路外に退出するために反対車線を横断し、反対車線を走行してきた車両と衝突したとしましょう。この場合の過失割合は、別冊判例タイムズ38(以下「別冊判タ」といいます。)の149図によると被害車:加害車は9:1となります。

別冊判例タイムズ38 149図

しかし、示談交渉において、被害車の過失割合については自認していても加害車が1割の過失についてどうしても譲歩しないことがあります。それは加害車には過失があること自体が受容できないという意識がある場合や、被害車の賠償額が高額で賠償額ベースで加害車の修理費と同額となってしまう場合に、加害車はこのような態度に出ることが多いのです。とはいえ被害車としては、被害車に9割の過失があるのに訴訟をするのもはっきり言って無駄ですし、このまま示談交渉が暗礁に乗り上げるのも回避したい、つまり示談で早期解決を図りたいという意向がある場合があります。

このような場合に、本来は被害車は、加害車の損害のうち1割を控除した9割を賠償し、他方加害車は被害車の損害のうち9割を控除した1割を賠償することになるところ、この加害車が被害車に賠償する1割を賠償する義務を免除して、被害車のみが9割の賠償を行い解決を図る方法があります。これが片賠です。

9対0は過失がないという事?残りの1はどこに行ったの?

上記のとおり、片賠は、当事者間で合計して10割になる過失があることを前提にしております。ある当事者の過失がなかったとする処理ではありません。むしろ当該当事者の過失はあるものとして、本来他方当事者が当該過失部分について請求できる請求権を放棄するという構成になります。

先の被害車:加害車=9:1の事例で説明しますと、被害車は、加害車に対し被害車の損害のうち9割を除いた1割を請求できることになりますが、その1割の請求権を放棄するのです。結論として被害車側は、加害車側に対し加害車損害のうち1割を除いて9割を賠償することとするのです。

じゃあ、8対0や7対0もあるの?

いわゆる右折車と直進車の双方青信号の事故(右直事故)は、別冊判タ107図では8対2です。

別冊判例タイムズ38 107図

また、左折車と右折対向車の事故は同134図では3対7です。

別冊判例タイムズ38 134図

そして、107図の事例でいう右折車側と134図の右折対向車で上記9:1のような示談交渉の状況が生じるとすると同じように8対0や7対0の事例が起こり得ます。

交通事故の過失割合が9対0の場合、賠償金の計算はどうなるの?

例えば、被害車側の損害が1000万円/加害車側の損害が1000万円とします。まず、加害車側の損害に対し被害車側は1000万円×(1-0.1)=900万円の賠償をしなければなりません。これは9:0でも9:1でも同じです。しかしながら、被害車側の損害で本来加害車側が賠償すべき1000万円×(1-0.9)=100万円については、9:0の処理であれば賠償をする必要はありません。

つまり、加害車側としては、上記100万円部分だけ実質的な回収額が増えることになります。このことを加害車側の立場に立って、9:1と9:0の処理の違いとして下記のとおり示します。

9:1の場合、1000万円×(1-0.1)=900万円を受領し、1000万円×(1-0.9)=100万円を賠償しますので、差引き800万(900万円-100万円=800万円となります。

他方、9:0の場合には、1000万円×(1-0.1)=900万円を受領するだけで、被害車側に賠償をする必要はありませんので、差引き900万円(900万円-0円=900万円)となります。このような加害車側にとって、被害車側の賠償を免除されるという経済的な利益を取得させることができ、これをてことして、示談交渉をまとめ上げることも可能となるのです。

まとめ

以上のとおり、過失割合の算定や示談交渉の進め方については専門的な法律知識が必要とされる場合もありますので、法律の専門家である弁護士の助力をうけることを強くお勧めします。