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後遺症と後遺障害の違い
交通事故損害賠償の実務では、後遺症・後遺障害といった用語が飛び交っていますが、それぞれどのような意味で用いられているのでしょうか。以下で解説します。
後遺症とは
後遺症とは、一般的に、傷害等を負う前の心身の状態と比べて、受傷後治療を継続しても症状の改善がこれ以上見込めない心身の状態に係る症状(以下このような状態のことを「症状固定」といいます。)を指します。例えば、受傷前に比べて片足が欠損した、失明したといった症状をいいます。
後遺障害とは
交通事故賠償実務における後遺障害とは、端的には自動車損害賠償法(以下「法」といいます。)施行令2条及び別表第1及び別表2に定める後遺障害に該当する傷害をいいます。例えば同表の第11級第7号は「脊柱に変形を残すもの」と定めており、これに該当する脊柱の後遺症が後遺障害として認められるのです。つまり後遺障害とは極めて医学的でありなおかつ法的な概念なのです。ここがいわゆる後遺症と異なる点です。
後遺障害等級と慰謝料
後遺障害と損害賠償
交通事故損害賠償の実務では、後遺障害の認定を取得した場合、それだけで損害賠償における損害が生じたとは考えません。交通事故損害賠償の実務でいう損害とは、交通事故が無かった状態での金銭的評価と交通事故に遭った状態での金銭的評価の差額のことですから、後遺障害の認定を取得したことが金銭的に評価されて、損害が算定されることになります。具体的には別表第2についてのとおり逸失利益の計算において現れることになります。ところで、後遺障害が生じるとそのために精神的な苦痛が生じることが一般的です。そこで、その苦痛を金銭的に評価して後遺障害慰謝料が損害として生じることになります。
後遺障害等級
後遺障害等級とは、法施行令第2条及び別表第1及び別表2に列挙されている全14等級で規定されているものです。
後遺障害等級表は、大きく別表第1と別表第2に分かれます。もともと自賠責保険においては、労災保険法を路襲した別表2のみだったのですが、平成12年の自賠責保険審査会答申で、介護を要する後遺障害者、特にびまん性意識障害者に対する介護を想定した救済を充実させる必要があることを指摘されたことを契機として制定されました。
なお、後記では、参考のために別表第1及び別表第2の内容に、逸失利益の算定で用いる労働能力喪失率及び後遺障害慰謝料(いずれも裁判で請求する場合の基準を用いております。)を加えたものを掲げております。
等級 | 介護を要する後遺障害 | 保険金額 (共済金) |
労働能力 喪失率 |
後遺障害 慰謝料 |
---|---|---|---|---|
第1級 |
|
4,000万円 | 100% | 2,800万円 |
第2級 |
|
3,000万円 | 100% | 2,370万円 |
別表第2について
別表第2については、労災保険法の障害認定基準をベースに作成されたもので、交通事故賠償実務では一番用いられる表といえます。後記のとおり逸失利益と後遺障害慰謝料の算定の基礎とされます。
等級 | 後遺障害 | 保険金額 | 労働能力 喪失率 |
後遺障害 慰謝料 |
---|---|---|---|---|
第1級 |
|
3,000万円 | 100% | 2,800万円 |
第2級 |
|
2,590万円 | 100% | 2,370万円 |
第3級 |
|
2,219万円 | 100% | 1,990万円 |
第4級 |
|
1,889万円 | 92% | 1,670万円 |
第5級 |
|
1,574万円 | 79% | 1,400万円 |
第6級 |
|
1,296万円 | 67% | 1,180万円 |
第7級 |
|
1,051万円 | 56% | 1,000万円 |
第8級 |
|
819万円 | 45% | 830万円 |
第9級 |
|
616万円 | 35% | 690万円 |
第10級 |
|
461万円 | 27% | 550万円 |
第11級 |
|
331万円 | 20% | 420万円 |
第12級 |
|
224万円 | 14% | 290万円 |
第13級 |
|
139万円 | 9% | 180万円 |
第14級 |
|
75万円 | 5% | 110万円 |
併合・加重について
交通事故の傷害は一箇所とは限りません。また、交通事故以前に傷害を負っていた箇所に交通事故により再度の傷害が加えられることもありえます。このような場合の後遺障害に関する等級の操作等を併合・加重といいます。
併合について
交通事故により頭を打ったのと同時に足の骨を折るといった同じ交通事故で2箇所以上の傷害を負った場合、その各箇所がいずれも後遺障害等級に該当してしまったときは、後遺障害の等級はどのようになるのでしょうか。この場合の後遺障害の等級の操作を併合といいます。
例えば、
①第13級以上の後遺障害が2以上ある場合には重い方の後遺障害等級を繰り上げる。
②第8級以上の後遺障害が2以上ある場合には重い方の後遺障害等級を2級繰り上げる。
③第5級に以上の後遺障害が2以上ある場合には重い方の後遺障害等級を3級繰り上げる。
ということになります。
加重について
交通事故以前に既に後遺障害がある場合に、同一の部位に対しさらに障害が加えられた場合には、労働能力の喪失や精神的苦痛の程度を、このような既往の障害がない場合と同一に考えることは相当ではありません。そこで、このような場合には、新たな障害に対する後遺障害の保険金額から既往の障害に対応する保険金額を控除することで調整がとられます。これを加重といいます。
逸失利益
後遺障害が交通事故の損害賠償において用いられる場合の一つ目として逸失利益の算定があります。逸失利益とは、交通事故に遭ったために労働ができなくなった事実を労働能力喪失率という割合を所得に乗じて、中間利息を控除した上で、交通事故により失われた得べかりし利益であるとして損害とするものです。
具体的には、
逸失利益=所得の額×各後遺障害等級に応じた労働能力喪失率(A)×習慣利息控除率
で計算します。前期の各表では上記の計算式のうち(A)に入る割合を当てはめることになります。
後遺障害慰謝料
後遺障害が交通事故の損害賠償において用いられる場合の二つ目として後遺障害慰謝料があります。慰謝料とは精神的な苦痛を金銭的に評価して損害とするものですが、交通事故による精神的な苦痛の程度は、具体的な事例により異なり、算定は困難であることは前提にしつつも、慰謝料算定の明確化、処理の円滑化のために定型化されて、上記各表の「後遺障害慰謝料」欄のとおりとなります。
ただし、定型化されているとはいえ、絶対的なものではなく、事件の具体的な事実関係のもとでは増減されることがあります(特に裁判において請求する場合にはよくあることです。)。
後遺障害の判断は誰がするの?
後遺障害の判断は、訴訟外では損害保険料率算出機構(以下「機構」といいます。旧自参会)が判断します。他方、訴訟においては、裁判官が判断します。
すなわち、訴訟外においては、多くは後記で詳説する事前認定の下、自賠責保険金額の算定において、機構が判断し(以下この判断に係る後遺障害の認定を「後遺障害認定」といいます。)、後遺障害認定を保険会社も尊重して賠償額を決定することとしているのです。他方、裁判においては、裁判官は、後遺障害認定を尊重しつつも、これに拘束されることなく、独自に原告及び被告が提出した証拠に基づき判断をします。
なお、医者は後遺障害に該当する症状(それは後遺症といえるものも含みます。)の有無を判断することはできますが、後遺障害は上記「後遺障害とは」のとおり医学的かつ法的な概念ですので、医者がその有無を判断することはできません。
後遺障害だと認めてもらうにはどうしたらいい?
まず、症状固定に至ることが必要です。症状固定の判断は、医学的な判断ですので医師の判断が第一義となり、その時期は個別具体的な症状により異なるのですが、通常は交通事故から半年以上経過した状態をいうものと解されます。そして、医師がその状態に至ったと判断した場合には、後遺症の有無について診断を行いその結果を後遺障害診断書に記載します。被害者は、その診断書を受領したときは、後記後遺障害等級認定の申請方法のとおり加害者側の保険会社に提出するか、又は自賠責保険会社に対し自ら保険金額の請求とともに申請することにより機構から後遺障害の有無についての判断を受けることができます。
症状固定とは
症状固定とは、上記「後遺症とは」のとおり治療してもこれ以上良くならない状態をいいます。その判断は、第一義的には医師の判断によりますが、裁判では、裁判官が原告及び被告から提出された証拠を下にして独自の判断を行うことがあります。なお、症状固定の具体的な時期は、個別具体的な事件によりケースバイケースで決定されることになるのですが、中央値は交通事故から半年以上経過した時点といわれています。
後遺障害等級認定の申請方法
上記「後遺障害の判断は誰がするの?」のとおり、後遺障害の等級認定については、加害者側の保険会社に手続きしてもらう(事前認定)か、自分でやるか(被害者請求)のどちらかになります。ただ、どちらも一長一短があります。
加害者側の保険会社に手続きしてもらう場合(事前認定)
事前認定を受けるには、症状固定の状態に達していることが前提ですが、その時点で主治医から後遺障害の診断を受け、その結果を後遺障害診断書に記載してもらいます。そして、当該診断書を取得したのち、保険会社に事前認定を受けたいことを告げ、後遺障害の診断書を渡せば、後は結果を待つだけです。
症状固定~結果の通知までは以下のような流れをたどることになります。
- 症状固定日の到来
- 主治医が後遺障害診断書を作成
- これを取得し保険会社に提出
- 損害保険料率算出機構の認定
- 当該認定の結果が保険会社を介して通知される
事前認定の手続きの前提は、加害者から保険会社が被害者の賠償について示談交渉する立場にあり、いわゆる一括対応をしていることとなっております。そして、症状固定後は、当該保険会社は、賠償額を算定するために、自賠責保険からの回収額(加害者による自賠責保険の保険金請求による)を算定するために、予め機構に対し、後遺障害を含めた賠償額の問い合わせを行っております。その一環として機構に対し後遺障害の認定を求めていることになります。 ところで、事前認定のメリットは、後述の被害者請求とは異なり、後遺症診断書を取得し、それを保険会社に交付するのみですので、非常に簡便です。
他方、デメリットとしては、保険会社としては、後遺障害が認定されてしまうと、慰謝料は自賠責保険では全額回収できない可能性がありますので、後遺障害について独自に医療調査を行って意見書を機構に対し提出することがあります。当然この意見書の内容は後遺障害を否定するか等級の低い後遺障害であることを主張するものです。後記のとおり後遺障害の認定については不服申立ができますが、一旦認定された後遺障害等級は新たな証拠がない限り、覆ることは極めて困難です。このようなことも考えて、事前認定を利用してほしいと考えております。
自分で手続きする場合(被害者請求)
まず被害者側で後遺障害等級の認定を受けるために申請することを被害者請求といいます。何を請求するかといえば、自賠責保険金額です。その一環として後遺障害の等級の認定を求めるのです。
自分で手続きをする場合は、以下のような流れになります。
- 症状固定日の到来
- 主治医が後遺障害診断書を作成
- これを取得するとともに保険会社に対し一括対応の打ち切りと診断書等の資料の送付依頼
- 資料の整理
- 自賠責保険会社に対し被害者請求を行う
どこに申請するかですが、基本的には交通事故証明書に記載されている加害者側の自賠責保険会社に対し請求することになります。加害者側の自賠責保険会社に対し被害者請求をしたい旨を告げると、申請書類とともに必要書類のリストも送付されることになりますので、これを元に必要書類を集めて、当該保険会社に対し申請することになります。
なお、被害者請求のメリットは、事前認定に比べて加害者保険会社の関与を排除することができる点にあります。他方、デメリットは、手続きを被害者側で行うことになりますので、まず一括対応をしてもらっている場合には、それは打ち切られます。その結果、治療費の立替もなくなりますので、ご注意ください。そして、手続きを被害者側で行うことになりますので、手続きが煩雑になります。しかし、弁護士に依頼すれば被害者自身は煩雑な作業を強いられることはなくなります。
弁護士に手続きを依頼することも可能
弁護士に依頼せずに、被害者自身が行うことも可能ですが、必要書類の取得方法が多岐に渡り非常に面倒です。加えて交通事故に特化した弁護士の場合、後遺障害の診断の際の患者の対応から指導することになります。なぜなら、後遺障害の認定は書面審査で行われ、特に後遺障害診断書の記載内容が重視されるからです。
例えば、「自覚症状」欄には必ず日常生活について不自由している行動を具体的に記載させるために、そのことを主治医に対し具体的に説明させる必要がありますし、そのために被害者に日記や備忘録を書くように指導したりします。このように独力で行った場合には、気づくのがなかなか難しいポイントを指摘してもらえることに弁護士に依頼するメリットがあります。
不服申立てについて
後遺障害の等級の認定は一度結論が出たら絶対的なものかといえばそうではありません。申請者は、何度でも異議申し立てという不服申立てを行うことができます。
事前認定をされた場合には、加害者側保険会社に対し異議申し立てをする旨を告げれば必要書類をもらうことができ、他方被害者請求の場合であれば、加害者側の自賠責保険会社に対し異議申し立てに必要な書類を請求すればもらえますので、これらに基づいて請求することになります。
なお、異議申し立ては、後遺障害等級の判断の再考を求める手続きとなりますので、判断を覆すために基本的には新たな証拠(診断書等)が必要となります。
認定された後遺障害等級に異議を申し立てる方法まとめ
以上のとおり、後遺障害の認定の理解及び申請等は極めて法律的でかつ交通事故実務に精通していることが求められます。そうでないと、なかなかよい結果を得ることはできません。したがって、後遺障害については交通事故実務に精通した弁護士の助言を受けることを強くお勧めします。