交通事故で大怪我をしてから、「事故現場に近づくと動悸がする」「トラックに撥ねられたことを思い出して、トラックを見るだけで怖くなる」「車のブレーキ音に過剰な反応をしてしまう」など、PTSDの症状が出る人は少なくありません。まともに外を歩けなくなってしまう人もいます。

PTSDになってしまった場合、慰謝料を請求することはできるのでしょうか?解説します。

PTSDとは

PTSDとは「心的外傷後ストレス障害」(Post Traumatic Stress Disorder)の略語です。強烈な心的外傷体験(「生死にかかわるようなショッキングな出来事を体験したり目撃したりすること)によって強い恐怖、無力感、戦慄を感じ、それが心の傷(トラウマ)となり、普通に日常生活を送っている中で、何の脈略もなく、突然に当時と同じような強い恐怖、無力感、戦慄が心を襲い(これを「フラッシュバック」といいます)、そのようなフラッシュバック現象が何度も繰り返して発現することから、就労や日常生活が困難となる症状のことをいいます。

PTSDには2種類の診断基準があります。1つは世界保健機構(WTO)が定めた「国際疾病分類第10版」(ICD-10)と呼ばれるもので、もう1つは米国精神医学会が定めた「精神疾患の診断統計マニュアル第4版」(DSM-Ⅳ)と呼ばれるものです。

後遺障害の等級認定の実務では、PTSDのように脳に器質的な損傷がない精神障害のことを「非器質性精神障害」というように分類し、その程度に応じて等級認定をしています(脳に器質的な損傷がある精神障害には、例えば高次脳機能障害があります)。

交通事故でPTSDになった場合の慰謝料の相場はいくら?

後遺障害の等級認定の実務では、前述したとおり、PTSDの診断名が付くかどうかは重要視されません。端的にいえば、PTSDの診断名が付くことによって重い等級認定がなされるという運用はなされていないのです。

非器質性精神障害は、その症状に応じて、第9級10号、第12級13号、第14級9号が認定されます。それぞれの等級について裁判所が判決で認定する慰謝料の基準額は、第9級が690万円、第12級が290万円、第14級が110万円となります。

PTSDが後遺障害として認定されるために必要な症状

後遺障害の等級認定実務では、前述したとおり、PTSDかどうかではなく、非器質性精神障害の症状に該当するかどうかによって等級認定がなされます。
非器質性精神障害の等級認定は、次の3段階に分類されています。

  • ・「通常の労務に服することはできるが、非器質性精神障害のため、就労可能な職種が相当な程度に制限されるもの」…第9級10号
  • ・「通常の労務に服することはできるが、非器質性精神障害のため、多少の障害を残すもの」…第12級13号
  • ・「通常の労務に服することはできるが、非器質性精神障害のため、軽微な障害を残すもの」…第14級9号

後遺障害の等級認定実務では、これらに該当するかどうかについて詳細な基準が定められており、交通事故の被害者がPTSDを発症したときは、PTSDという診断名ではなく、発現した一つ一つの具体的な症状が上記の詳細な基準に該当するものかどうかという観点で等級認定の判断がなされることになります。

PTSDの診断書を貰ったのに保険会社が認めてくれない!?

PTSDの診断書を貰い、それに基づいて後遺障害の等級認定を受けたにもかかわらず、加害者の任意保険会社が賠償金の支払いを拒否したり、大幅な減額を求めたりすることがあります。その最大の理由は、全く同一の強烈な心的外傷体験にさらされたとしても、Aさんは何らの心の傷を負わなかったのに、Bさんは強烈な心の傷を負ってしまったというケースがあるからです。

つまり、体の傷は誰でも平等に受けるのに対し、心の傷は受け手の人格的脆弱性(心の弱さ)の影響を受けることから、強い非器質性精神障害を発症したのは被害者の素質(心の強さや弱さ)が影響しいるとの反論がなされやすいといえます。

とりわけPTSDは、発症したとしてもおよそ8割程度は発症から半年程度で回復し、残りの2割も適切な治療をすればその多くは発症から1年から1年半程度で回復するといわれていることから、その後もPTSDが治らない状態が続いている原因は被害者の素質の問題が影響しているからだとの反論には医学的な裏付けに基づく説得性があります。そのため、多くの裁判所は、被害者の素質を理由として賠償金の数割を減額する判断をしています(これを「素因減額」といいます)。

このように、PTSDは、目に見えない心の傷のために判断が難しいことに加えて、治癒しないのは被害者の素質のせいではないかとの反論を受けやすいことから、基本的には等級認定を受けた後、損害賠償請求訴訟を提起し、裁判所の和解勧告を受けて和解をするか判決をもらうという流れになります。

まとめ

PTSDによって後遺障害の等級認定を得るためには、PTSDの診断を受けるだけでは足りず、非器質性精神障害の判断基準に落とし込まなければなりません。さらに、後遺障害の等級認定を受けたとしても、被害者の素質(心の弱さ)のせいではないかとの反論を受けやすいことから、それに対して適切に反論し、素因減額される割合をできるだけ減らす方向で訴訟活動をする必要があります。また、PTSDの治療には心を落ち着けて穏やかな生活をすることが最も重要であり、加害者の保険会社との交渉を自ら行えば、交渉するたびに事故のことを思い出し、症状を悪化させることにもなりかねません。

そこで、できるだけ早期に信頼できる弁護士に相談し、そのアドバイスに従って行動することが重要です。また、弁護士に正式に依頼すれば、加害者の保険会社との交渉窓口になってくれますので、煩わしいやり取りは全て弁護士に任せ、治療に専念することができます。多くの法律事務所では交通事故の初回相談は無料ですから、お気軽にご相談ください。