交通事故の被害に遭ったら、事故の相手(加害者)に対して損害賠償金の支払いを請求することができます。このとき相手から支払われる賠償金のことを「示談金」と言います。

多くのケースでは、相手との話し合い(示談)によって賠償金を支払ってもらうのですが、この示談交渉がうまく進まないことが多くあります。示談交渉が成立しないとどうなるのか詳しく見ていきましょう。

示談交渉が成立しないと示談金はもらえないの?

示談金を受け取るためには、相手の保険会社と示談交渉をする必要があり、示談が成立しない限り示談金の支払いは受けられません。示談金を段階的に受け取ることもできず、示談が成立したときにまとめて示談金が支払われる形になります。たとえば、事故後いつまでも示談交渉を開始しなければ示談金は受け取れないままですし、示談交渉を開始しても、話合いが成立しない場合には(合意ができない場合)、やはり示談金を受け取ることはできません。

示談交渉する上での日常生活への影響

交通事故の被害に遭ったら、示談交渉を進めないと示談金(賠償金)を受け取ることができないので、面倒でも相手保険会社との示談交渉を避けることはできません。しかし、自分で示談交渉をすると、日常生活にさまざまな影響が及びます。

まず、交通事故に遭うと、ただでさえ以前のように身体が動かなくなったり、入通院による治療が必要になったり、職場での仕事内容や扱いが変わったり、仕事そのものができなくなったり、家事や育児に支障が出たりして、大きな負担がかかります。

このように大きなストレスがかかる中、さらに相手との示談交渉をすることは心身ともに負荷が大きいです。相手から連絡があったらいちいち対応しないといけませんし、集めないといけない書類などもあり、慣れない手続きに疲れてしまいます。体力的にも厳しいことがありますし、精神的にも大きなストレスがかかります。

このような負担から逃れたいため、「とにかく何でもいいから早く終わらせたい」という気持ちになって、悪い条件で示談をしてしまうこともあります。そうなったら、本来よりも大幅に低い金額の示談金しか受け取れなくなって、後悔することになってしまいます。

以上のように、交通事故後自分で示談交渉を進めると、被害者にとっては負担が大きすぎます。負担を軽くして治療に専念し、多くの賠償金(示談金)の支払いを受けるためには、弁護士に示談交渉の対応を依頼する必要があります。

示談が成立すると後で変更できないの?

被害者が自分で示談交渉をしている場合、本当にその条件で良いのかどうか確信できないまま、相手に言われて示談に応じてしまうことがあります。面倒なので、よく読まずに相手から送られてきた示談書に署名押印して返送してしまうこともあります。

このように、いったん示談書を作成して示談が成立してしまったら、後からその内容を覆すことは困難です。示談は契約の1種なので、示談書が作成されたということは契約が成立したことを意味します。いったん契約が成立したら、当事者の一方の意思によって、内容を変えることはできません。変更するには相手の了承が要ります。

被害者が「自分の不利になっているからやり直してほしい」などと言っても、相手の保険会社が聞いてくれる可能性はほとんど皆無です。そこで、示談をする前には、本当にそれで良いのか、自分にとって不利な内容になっていないかなどを慎重に検討する必要があります。

被害者が自分で示談交渉をしている場合には、相手の保険会社は低い基準で示談金を計算したり、被害者の過失割合を高くしたりして示談金の金額を減額してきます。そのようなことに気づかずに示談書に署名押印をしてしまったら、後から気づいてももはや取り返しがつきません。

このような失敗をしないためには、示談書に印鑑を押す前に、弁護士に相談をしてその内容が妥当かどうかをチェックしてもらう必要があります。もちろん、弁護士に示談交渉を依頼していたら、不当な条件で示談を成立させられるおそれはないので安心です。

示談交渉はいつからできるの?

交通事故の種類によって異なります。示談交渉をするためには、交通事故によって発生した損害が明らかになっている必要がありますが、交通事故の種類によって、損害の内容が明らかになる時期が異なるからです。

まず、物損しか発生しなかった場合の物損事故の場合には、自動車の修理見積もりが出たら損害内容が明らかになるので、すぐに示談交渉を開始出来ます。

死亡事故の場合には、葬儀や法要などが終わったら損害内容が明らかになるので、その時点から示談交渉ができます。

これに対し、人身事故で治療が必要になったり後遺障害が残ったりした場合(傷害の事案)には、治療が終了して症状固定するまで示談交渉を開始することができません。人身事故(傷害)の場合、症状固定するまでの間の入通院慰謝料や治療費を請求できますし、症状固定した時点で残っている後遺障害についての損害賠償請求をすることができます。そこで、症状固定して初めて入通院慰謝料などの金額が確定するのであり、それまでの間は、損害の内容が確定しません。

たとえば、傷害事案で交通事故後1年や2年程度通院が必要になることもありますが、その間には、示談交渉を開始することはできないということになります。症状固定前に急いで示談交渉をしてしまうと、必要な入通院慰謝料や治療費を請求できなくなりますし、後遺障害の等級認定も受けられなくなる可能性があって危険なので、注意が必要です。

示談交渉に期限はあるの?

交通事故の示談交渉については、期限があります。

交通事故の示談金の請求は、民法の不法行為にもとづく「損害賠償請求」という扱いになります(民法709条)。そして、不法行為にもとづく損害賠償請求権には時効があり、基本的には事故が発生してから3年間経つと、権利が時効消滅してしまいます。(後遺障害による賠償金については、症状固定時から3年)。

示談交渉をせずに放置して交通事故から3年が経過してしまったら、もはや相手に対して示談金を請求することができなくなってしまいます。交通事故が起こると、入通院などが必要になって生活が変わってしまったり、いろいろとしなければならないことがあったりするので、どうしても示談交渉が後回しになりがちです。しかし、基本的には、3年が経過する前に対応する必要があるので、覚えておきましょう。

時効を中断させることはできるの?

事故後の入通院治療が長引くと、交通事故後3年が経過してしまうおそれもあるので、この場合、時効を止めることができないのかが問題になります。

法律上、時効の中断という制度があります。中断とは、その事由があると時効期間の経過が止まり、また改めて時効期間のカウントが開始することです。たとえば、交通事故後2年経った時点で時効が中断したら、その時点から3年や10年の期間が経過しないと時効が完成しなくなります。

時効の中断事由としては、相手が債務を承認すること(債務承認)や、相手への裁判があります。相手の保険会社が債務承認をしてくれたらそれでも良いですし、それが無理なら裁判を起こすと確実に時効を中断できます。裁判の時点で損害内容や後遺障害が確定していない場合には、その判断については後日に持ち越すことも可能です。

裁判を起こす場合、自分一人で手続きを進めるのは困難なので、弁護士に依頼することが必要です。裁判をして判決が出たら、判決確定日の翌日からさらに10年間時効が延長されます。不法行為にもとづく損害賠償請求権のもともとの時効期間は3年ですが、確定判決の時効は10年になるので、この場合の時効期間は10年になるのです。

このように、治療期間が長引いて示談交渉を開始することが難しい場合には、裁判をして時効を中断することが必要になるので、弁護士と相談して検討しましょう。

なぜ保険会社や加害者は示談を急がせるのか

人身事故(傷害)のケースで示談交渉を開始出来るのは、入通院による治療を終えて症状固定してからです。しかし、相手の保険会社や相手(加害者)は、示談交渉を急がせてきて、それより早く示談をさせようとすることがあります。まだ症状固定していなくても「治療はそろそろ終わり」「示談交渉をしたい」などと言われてしまうことも多いですし、被害者側が従わないと、治療費支払いを一方的に打ち切ってくることもあります。

これは、治療期間が長引くと、入通院慰謝料や治療費などが高額になり、相手の負担が大きくなるからです。

ただ、ここで相手の言うとおりに治療を辞めてしまうと、本当に入通院慰謝料がそれまでの期間分しか計算されずに少なくなってしまいますし、その後の治療費は自腹になってしまいます。後遺障害の等級認定も受けられなくなってしまい、後遺障害慰謝料や逸失利益も請求できなくなってしまいます。

症状固定まできちんと通院を続けたら、その間に自分が負担した治療費については、後で相手にまとめて請求することも可能です。そこで、交通事故で怪我をしたら、相手が急がせてきても示談に応じることをせず、症状固定まで確実に治療を継続することが重要です。

交通事故の示談交渉が進まない場合はどうしたらいいの?

交通事故後、相手や相手の保険会社と示談交渉を進めても、合意ができないことが多いです。慰謝料の計算方法や金額に納得ができないことも多いですし、相手(保険会社)が被害者に大きな過失割合を割り当ててくるために、過失相殺によって示談金が大きく減らされすぎて被害者が不満を感じることも多いです。そもそも、被害者が自分で相手と示談交渉をする場合には、相手の保険会社は低額な「任意保険基準」をあてはめて計算してくるので、慰謝料などの金額が、裁判を起こした場合よりも大幅に低くなります。

このように、相手と話し合いをしても示談が成立しない場合には、対応を弁護士に依頼することをおすすめします。弁護士に示談交渉を依頼すると、高額な弁護士・裁判基準を適用して慰謝料などを計算してもらえるので、被害者が自分で交渉している場合と比べて賠償金額(示談金額)が2倍3倍になることもあります。また、示談が不成立になった場合にも、弁護士であればスムーズに損害賠償請求訴訟(裁判)に対応してもらえるので安心です。

いったん弁護士に示談交渉を依頼した後、その弁護士の対応に不満がある場合には、弁護士を変えることも可能です。この場合には、自分で次に依頼する弁護士を探して、以前の弁護士に弁護士を変えることを告げて了承してもらい、弁護士間で事件の引継ぎをしてもらう必要があります。弁護士は非常に役に立ちますし、意外とフレキシブルに対応してもらうことができるので、交通事故に遭った場合には是非とも活用しましょう。

弁護士特約について

交通事故で相手や相手の保険会社と示談交渉をするときには、弁護士に依頼すると良いですが、その場合には弁護士費用がかかります。実際には弁護士に依頼すると大幅に示談金の金額が上がるので、弁護士費用がかかっても得になることが多いですが、それでも弁護士費用がもったいないと感じることがあるでしょう。こんなときに役立つのが弁護士費用特約(弁護士特約)です。

弁護士特約とは、自分が加入している自動車保険に付帯している特約のことで、交通事故事件でかかった弁護士費用を保険会社から支払ってもらえる保険です。具体的には、弁護士に交通事故の相談をした場合の法律相談料、弁護士に示談交渉を依頼した場合の着手金や報酬金などの費用、訴訟にかかる費用、実費、日当など、すべての費用が補償の対象になります。弁護士特約には保険限度額が設けられていて、多くのケースでは300万円となっています。

弁護士費用が300万円を超える場合はよほど大きな事故であり、多くの場合には300万円以内でおさまりますし、その場合、弁護士費用も実費もすべて含めても、依頼者にはまったく費用負担が発生しません。また、弁護士特約は、事故当初から利用しなければならないというものではなく、示談交渉の途中から弁護士特約を利用することも可能です。途中で思い出した場合には、保険会社に連絡して適用してもらうと良いでしょう。

このように、弁護士特約は、つけていると、いざ交通事故に遭ったときに非常に心強いので、自動車保険に加入する際には是非ともつけておきましょう。ただ、弁護士特約は、自分の自動車保険につけていても気づかずに利用されないことが非常に多いです。そこで交通事故に遭ったら、自分の保険に弁護士特約がついているかどうかを確認して、使えるようなら小さな事故でも弁護士を使うと安心です。せっかく年間保険料を支払っているのですから、使い忘れがないようにしましょう。

まとめ

以上のように、交通事故に遭ったら示談交渉をしない限り示談金(賠償金)を受け取ることができませんし、示談によって示談金の金額が決まるので、示談交渉は非常に重要です。

ただ、被害者自身が示談交渉をすると、示談を必要以上に急かされて必要な慰謝料などの請求ができなくなってしまうおそれがありますし、低額な任意保険基準で計算されて、示談金の金額を不当に減らされてしまうおそれもあります。

示談が成立しない場合には訴訟が必要になりますし、事故後の治療期間が長くなる場合にも時効を中断させるために訴訟をしなければならないケースがあります。

このように、交通事故後の示談交渉では、弁護士が必要になる場面が非常に多いです。弁護士費用が心配な場合には、弁護士特約を利用することができるケースもたくさんあります。示談交渉をする際には、心身ともに負担も大きいですが、弁護士に依頼するとそのような負担もありません。

以上のように、交通事故で示談交渉をする場合には、自分で対応するより弁護士に依頼した方が圧倒的に大きなメリットがあるので、事故に遭った場合には、まずは弁護士に相談するところから始めてみましょう。