死亡事故の慰謝料とは

慰謝料は、基本的に、被害者が受けた精神的な苦痛に対して支払われるものです。

被害者が死亡してしまった場合には、被害者本人の精神的苦痛に対する慰謝料に加えて、被害者の近親者にも慰謝料請求が認められています。

被害者本人の慰謝料とは

被害者は亡くなっていて慰謝料を受け取れないのに、被害者本人の慰謝料というのはどういうことなのだろうかと思われる方もいらっしゃると思います。

しかし、被害者自身が苦痛に対して発生するのが慰謝料ですから、当然、一番苦痛を受けたであろう亡くなった本人にも慰謝料は発生します。そして、この本人が受け取るはずだった慰謝料は、被害者の相続人が慰謝料請求権を相続することで、本人に代わって受け取ることになります。

遺族(近親者)の慰謝料とは

民法711条は、「被害者の父母、配偶者及び子」について、被害者を亡くしたことにより甚大な精神的苦痛を受けたとして、本人の慰謝料とは別に遺族(近親者)固有の慰謝料を請求できると定めています。

また、判例は、文言上民法711条に該当しない者であっても、

「被害者との間に同条所定の者と実質的に同視しうべき身分関係が存し、被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を受けた者は、同条の類推適用により、加害者に対し直接に固有の慰藉料を請求しうるものと解するのが相当である。」

として(最高裁昭和49年12月17日判決)、民法711条に規定されている父母・配偶者・子供以外の人についても、慰謝料請求が認められることがあるとしています。

遺族(近親者)の慰謝料を請求できるのは誰?

それでは、具体的には、誰に慰謝料請求が認められるのでしょうか。

父母、配偶者、子供
民法711条で、固有の慰謝料請求権が認められているので、請求することができます。

内縁関係の場合
内縁関係にあった人については、法律には規定されていません。しかし、入籍はしていなくても、社会的には夫婦としての実態があったような、いわゆる「内縁」関係の場合には、他の場面においても法的に夫婦と同じように扱われることも多いです。そこで、裁判例も、民法711条を類推適用することによって、内縁関係にあった人に慰謝料請求を認めています。
もっとも、被害者に法律上の配偶者が他にいるような場合には、慰謝料請求ができるような内縁関係にあったと認められるのは難しい場合もあります。

婚約者の場合
一般的に、婚約者は、すでに同居をしていて「内縁」と同じように評価できるような関係にある場合でなければ、固有の慰謝料請求権が認められるのは難しいでしょう。裁判例においても、婚約者には固有の慰謝料請求は認められないと判断したものがあります。
結婚の約束をしていたというだけではなく、結婚を予定していて、かつ、ある程度の期間の同居を開始していたような場合には、慰謝料請求が認められる可能性があります。

慰謝料の請求に期限はあるの?

慰謝料請求権には、時効があります。時効期間が経過すると、慰謝料請求をすることができなくなってしまいます。これが、慰謝料請求の期限です。

時効の期間ですが、交通事故のような不法行為については、損害と加害者を知ったときから3年、または不法行為のときから20年と定められています。そして、死亡事故の場合は、「死亡の日」が「損害を知った日」に当たるとされています。

したがって、基本的に、被害者が死亡した日から3年間が、慰謝料請求の期限ということになります。

死亡事故の慰謝料はどこに請求できる?

交通事故による損害賠償の請求先は、加害者本人に限られません。場合によっては、複数存在することもあるのです。ただし、被害者は、請求先を選択することができますが、重複して賠償を受けられるというわけではなく、被害者に生じた損害を超えて請求することはできません。

まず、交通事故による損害賠償の支払い義務を負い可能性のある主な人達は、次のとおりです。

加害者(運転者)本人

過失によって人を死亡させる行為は、不法行為(民法709条)に当たりますから、加害者は、当然、不法行為責任としての損害賠償義務を負います。

加害者の勤務先

雇用主には、従業員が仕事中や通勤途中に他人に与えた損害を賠償する責任があります(民法715条)。これを、使用者責任といいます。交通事故が、加害者の仕事中や通勤途中に発生したような場合には、雇用主が賠償責任を負う可能性があります。

運行供用者

自賠法は、「自己のために自動車を運行の用に供する者」(「運行供用者」と呼ばれています。)は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負うと規定しています(自賠法3条)。なお、運行供用者の責任は、人身損害に限られ、修理費などの物的損害には及びません。
一般的には、自動車の所有者が、この運行供用者に該当します。もっとも、この他の者も運行供用者に当たるケースがありますし、また、所有者であっても必ずしも運行供用者に当たるとは限らず、個別具体的に複雑な判断が必要ですので、誰が運行供用者に当たるかについては、専門家である弁護士に相談された方がよいでしょう。

以上のような人達が、交通事故の責任を負います。

しかし、交通事故の賠償金は、かなりの高額になることもあり、個人では負担しきれないことがほとんどです。そこで登場するのが、保険制度です。保険には、以下のように、自賠責保険と任意保険があります。慰謝料請求の請求相手は、多くの場合は、これらの保険になります。

自賠責保険

自賠責保険は、強制保険ですので、基本的に、全ての自動車が契約しています。自賠責保険は、被害者に必要最低限の損害賠償を行うためのものですので、その保険金額は、政令において、死亡、後遺障害、傷害ごとに、上限が定められています(自賠法13条、自賠法施行令2条)。死亡の場合の上限額は、3,000万円です。

任意保険

任意保険は、自賠責保険とは違い、自分で加入するかどうか、また、その内容を決めることのできる保険です。自賠責保険には、上限額があり、これだけで被害者に生じたすべての損害を補償することは困難です。そのため、自賠責部分を超える損害の賠償に備えて、多くの人が任意保険に加入しています。

このように、2つの保険は別々のものなのですが、交通事故で被害者に支払われる保険金については、任意保険の保険会社が自賠責保険の分も含めて一旦被害者にまとめて支払う方法(「一括払い」と呼ばれます。)が用意されています。被害者の手間を省くことのできる制度です。そのため、加害者が任意保険に加入している場合は、結局加害者の任意保険会社だけに請求するケースが多いです。

ただし、場合によっては、自賠責に自分で請求をする「被害者請求」という方法をとったほうがよいこともあります。何がベストかは具体的な事情によって異なりますし判断も難しいので、弁護士に相談するのがよいでしょう。

慰謝料の請求方法

慰謝料の請求方法にはいくつかの種類があります。以下、順番に説明します。

交渉

加害者が任意保険に加入している場合、通常、交渉の相手は、加害者側の任意保険会社(または保険会社の代理人弁護士)となります。

保険会社から慰謝料金額の提示がありますが、先ほども説明したように、保険会社基準は弁護士基準よりも低額なので、提示された金額ですぐに示談をしてしまうと損になることがほとんどです。そのため、交渉をした方がよいのです。

交渉で示談が成立すれば、裁判などの手続きを行うよりも短期間で解決することができます。もっとも、争点があって慰謝料金額に折り合いがつかない場合もありますので、その場合には、以下のような方法に進むことになります。

調停

交渉がまとまらなかった場合、裁判所に対して民事調停を申し立てることが考えられます。調停も話し合いの場ですが、調停委員という第三者を間にはさんだ話し合いですので、直接の交渉よりはうまく進むこともあります。もっとも、相手方の同意が必要な点は、交渉と同じですので、結局決裂してしまうということもあります。相手方との争いが大きい場合には、調停よりも裁判を選択した方が良いでしょう。

裁判

交渉を経ても加害者側との合意が成立しない場合には、裁判所に訴訟を提起することになります。交渉のみで終了する場合と比較すると、かなり長い期間がかかることが多いですが、勝訴することができれば、相手方の同意なしに、被害者側の主張する金額を獲得することができます。また、裁判の中で、裁判官をはさんで話し合いをし、和解をする場合もあります。

一般の人が裁判所に対して適切に主張立証をして有利に進めることは困難ですので、通常、弁護士に依頼します。

紛争処理センター

交渉が上手く進まないという場合に利用できる手段として、「公益社団法人 交通事故紛争処理センター」(通称「紛セ」)の利用があります。紛セは、交通事故被害者のための中立・公正かつ迅速な救済を図るADR機関です。

紛争処理センターでは、担当の弁護士が、被害者と相手方保険会社との間に立って、法律相談・和解あっ旋(話し合いの仲介)・審査手続(話し合いがまとまらない場合に審査会が裁定を出します)を無料で行ってくれます。弁護士が間に入るので、弁護士(裁判)基準を目安にした提案をしてもらえますし、自分が弁護士に依頼することなく無料で進めることも可能な点、また、保険会社等は審査会の裁定を尊重することになっており、被害者が裁定に同意した場合には、和解が成立する点などがメリットです。

裁定内容に、被害者側が納得できない場合には、裁判をすることになります。

死亡事故慰謝料の相場

自賠責基準

自賠責保険においては、国が定めた支払い基準があり、これに従った金額が支払われます。自賠責は、被害者に必要最低限の損害賠償を行うためのものであることから、基準の金額は低くなっています。

被害者本人の慰謝料

自賠責基準においては、死亡した本人の慰謝料は、一律350万円とされています。

遺族(近親者)の慰謝料

遺族の慰謝料は、次のように定められています。

  • ・請求権者1名の場合…本人慰謝料+550万円
  • ・請求権者2名の場合…本人慰謝料+650万円
  • ・請求権者3名以上の場合…本人慰謝料+750万円

さらに、被害者に被扶養者がいる場合は、上記金額に200万円が加算されます。

請求できるのは誰か

遺族の請求権者は、被害者の父母、配偶者、子です。ここでいう子には、養子や、認知した子、そしてまだ生まれていない胎児も含まれます。

任意保険基準

任意保険基準とは、各任意保険会社が慰謝料等の損害賠償を提示する際に用いる独自の基準のことをいいます。

被害者本人の慰謝料

任意保険基準は、各保険会社が独自に設定していますので、特に一律の決まりはありません。また、公開もされていません。そのため、以下に示す基準は、だいたいの目安になります。また、保険会社はできるだけ支払うお金を少なくしたいと考えるものなので、任意保険基準は、自賠責の基準よりは高額ですが、弁護士(裁判所)基準よりはかなり低い基準になっていることがほとんどです。

なお、「一家の支柱」とは、被害者の世帯が主に被害者の収入によって生計を維持している場合をいいます。

任意保険基準の慰謝料相場(目安)
被害者慰謝料の金額
一家の支柱1,500万円~2,000万円
母親・配偶者1,200万円~1,500万円
その他1,300万円~1,600万円

遺族(近親者)の慰謝料

上記金額には、遺族固有の慰謝料も含まれています。

弁護士基準(裁判基準)

弁護士基準(裁判基準)とは、通常、「赤い本(赤本)」と呼ばれる「民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準」という書籍にまとめられた損害賠償金額の基準のことをいいます。弁護士が相手方に損害賠償請求を行う場合、基本的にはこの基準を目安に請求することがほとんどです。

また、日弁連(日本弁護士連合会)が発行するものですが、裁判所の傾向を踏まえて作成されていますので、裁判所でもこの本の基準が目安にされることが多いです。そのため、「裁判基準」とも呼ばれています。

以下には、赤い本の基準を示します。なお、被害者が高齢者の場合は、一般的にやや低めになりますが、下記表の「その他」の下限を下回ることは多くありません。

弁護士基準(裁判基準)の慰謝料相場
被害者慰謝料の金額
一家の支柱2,800万円
母親・配偶者2,400万円
その他2,000万円~2,500万円

遺族(近親者)の慰謝料について

弁護士基準の場合の上記金額は、遺族固有の慰謝料も含んだ総額です。

死亡慰謝料は増額される場合がある

このように、慰謝料の基準はあるのですが、以下のような事情(「慰謝料増額事由」などといわれます。)が認められれば、一般的な基準よりも慰謝料が増額されることがあります。

加害者の過失が重大だったり、事故態様が悪質だったりする場合

例えば、交通事故が起こった原因が、飲酒運転、ひき逃げ、速度超過、赤信号無視、居眠り運転、無免許運転、わき見運転などであったような場合です。

加害者の事故の後の態度・対応が、著しく不誠実な場合

例えば、加害者が証拠を隠滅したような場合です。また、謝罪やお見舞いを一切拒絶した、自分には責任がないと言い張ったりしたなどの事情があり、その程度が常識に反するほど不相当といえるような場合にも、慰謝料の増額が検討されることがあります。

まとめ

以上のように、交通事故による死亡の慰謝料を請求する場合には、請求相手や請求方法の選び方から始まり、どのような事情を主張立証すれば慰謝料が増額されるのかの判断など、法律の専門家でなければ困難な面が多くあります。また、そもそも、弁護士を入れずに任意保険基準で示談してしまえば、それだけでもかなりの損になることがほとんどです。

死亡事故では、慰謝料以外の損害項目についても、弁護士が入ることで大きく賠償額がアップすることも多いです。

ですから、死亡事故の慰謝料を請求する場合、自己判断で示談をしてしまわずに、まずは弁護士に相談されることを強くおすすめします。