高齢化社会に伴い、被相続人や相続人が認知症のケースもあるのではないでしょうか。遺産分割したいが相続関係者が認知症である場合はどうすればいいのか、詳しく見ていきましょう。

認知症の相続人を無視して遺産分割できるのか?

人が亡くなったときには、相続人らが集まって遺産分割協議をすることにより、遺産分割をしなければなりません。

このとき、相続人の中に認知症の相続人が含まれていることがあります。重度の認知症の相続人がいる場合、遺産分割協議に参加してもらって意見を述べてもらうことなどが困難なことが多いですが、その人を無視して遺産分割協議をすることができるのかが問題になります。

認知症の相続人がいる場合に、その人を無視して遺産分割協議をしても、その遺産分割は無効です。遺産分割協議が成立するには、相続人全員が合意する必要があるから、たとえ認知症であっても、その人を外して有効な協議をすることは認められないからです。 ただ、法律は、遺産分割協議の合意などの法律行為をするためには意思能力を必要としていますが、重度の認知症の人は、法律行為をするために必要な能力である意思能力がない場合があります。

相続人に意思能力がない人が混じっている場合、その人は有効な意思表示ができないので、遺産分割をすすめることができなくなります。かといって、その人を無視して遺産分割協議をしても無効になってしまうので、この場合に遺産分割協議を進めるためには、何らかの法律的な対処が必要になります。

相続人が認知症の場合はどうすればいいの? – 法定後見制度の利用

成年後見制度を利用

それでは、相続人の中に認知症の人がいる場合、具体的にはどのように対処をすれば良いのかが問題になります。このとき利用できるのは、成年後見制度です。成年後見制度とは、判断能力が低下したりなくなったりした人のために、第三者である成年後見人を選任し、後見人が本人に代わって財産管理する制度のことです。

重度の認知症で意思能力がない場合などに遺産分割協議のために利用することが多いです。成年後見人は、本人の財産管理全般に関して代理権がありますし、本人が勝手にした行為について取消権を持っています。本人の代わりに遺産分割協議を行うことも可能です。そこで、相続人の中に重度な認知症患者がいる場合には家庭裁判所に申立をして、本人の成年後見人を選任してもらいましょう。

成年後見を申し立てる際には、以下のような書類が必要です。

  • 成年後見審判申立書
  • 申立附票
  • 本人の戸籍謄本
  • 住民票または戸籍附票
  • 医師の診断書
  • 登記がなされていないことの証明書
  • 健康状態がわかる資料
  • 後見人候補者身上書
  • 親族関係図
  • 収支予定表
  • 財産目録
  • 財産関係を示す資料

また、以下の通りの費用が必要です。

  • 収入印紙800円(申立手数料)
  • 収入印紙2,600円(成年後見登記の費用)
  • 郵便切手4,000円分

他に、本当に成年後見人が必要かどうかの鑑定が必要になった場合には、鑑定費用が10万円程度必要です。

これらの書類や費用をそろえて管轄の家庭裁判所に申立をしたら、家庭裁判所で審理が行われて成年後見人が選任されます。申立先の管轄の家庭裁判所は、本人の住所地の家庭裁判所になります。

成年後見人が選任されたら、その後見人に遺産分割協議に参加してもらうことにより、有効な遺産分割ができるので、本人ではなく成年後見人を交えて遺産分割協議を進めていくことになります。

保佐人制度を利用

相続人の中に認知症患者がいる場合、保佐人制度を利用することも可能です。保佐人制度は、本人の判断能力が著しく低下している場合に利用できる制度で、成年後見人と同じく法定後見制度の1種です。成年後見人がつくケースよりも本人の判断能力が高い場合に利用できます。

保佐人がついた場合には、保佐人には遺産分割協議などの一定の法律行為について同意権を持ちます。また、家庭裁判所の判断により必要と認められれば、保佐人に遺産分割協議などの一定の法律行為について、代理権を与えてもらうことも可能です。

そこで、認知症の本人の判断能力が危ういと考えられる場合、保佐人制度を利用して保佐人をつけて、保佐人と共同で遺産分割協議に参加したり、保佐人に遺産分割の代理権を与えてもらって保佐人に遺産分割手続きをすすめてもらったりすることが可能です。保佐人を選任する場合も成年後見人選任のときと手続き方法は同じであり、必要書類と費用をそえて保佐人選任申立書を管轄の家庭裁判所に提出します。

ただ、保佐人を選任したい場合には、成年後見人のケースとは異なり、具体的にどのような行為に代理権を付与したいかと明らかにする必要があるので、代理行為目録も作成して提出する必要があります。また、代理権や同意権を付与する場合、収入印紙による費用は1,600円かかります(成年後見人の場合には800円)。申立書類の提出先の家庭裁判所は、成年後見人の場合と同様、本人の住所地を管轄する家庭裁判所になります。

補助人制度を利用

本人の認知症の程度が軽い場合には、補助人制度を利用する事も可能です。補助人制度とは、本人の判断能力が不十分な場合にそれを補助する人を選任する制度であり、これも、法定後見制度の1種です。補助人は、家庭裁判所から特定の行為について同意権・取消権や代理権を与えてもらうことができるので、家庭裁判所に申請をして、遺産分割協議についての権限を与えてもらったら、遺産分割協議に参加することが可能になります。

補助人に同意権・取消権を与えてもらった場合には、本人と共同で遺産分割協議に参加して手続きをすすめることができますし、代理権を与えてもらった場合には、本人に代わって遺産分割協議を進めることができます。

補助人を選任する方法も成年後見人や保佐人を選任する方法と同様であり、本人の住所地を管轄する家庭裁判所において、必要書類と費用を沿えて補助人審判開始の申立書を提出します。補助人の場合には、どのような行為に同意権や取消権を要するのかを明らかにする必要があるので、同意行為目録の提出が必要ですし、代理権と同意権の両方を付与する場合には、申立手数料としての収入印紙が2,400円分必要です(成年後見人の場合は800円、保佐人の場合は1,600円)。

法定後見制度・成年後見制度の注意点

成年後見制度を利用する際には、誰が成年後見人になるのかが問題になります。ここで、成年後見人や保佐人、補助人の選任申立の際には、後見人の候補者を立てることができるので、適切な候補者がいれば申立の際に書き入れます。特に親族間に争いがない場合などには、成年後見人の申立人である親族を候補者として、その人がそのまま後見人に就任する方法がスムーズです。

ただ、親族間で、本人の財産管理方法について争いがあるケースがあります。そもそも成年後見人を選任することについて反対している親族がいる場合もありますし、親族同士が互いに信用出来ないと考えていて、互いに相手が成年後見人になることを許さないケースもあります。

逆に、親族が本人のことに関心がなく誰も後見人になりたくないと考えていたり、被後見人と後見人候補者の利益が対立してしまっているので適切な候補者がいなかったりするケースもあります。そこで、このように適当な候補者がいない場合には、第三者に成年後見人になってもらう必要があります。

第三者を成年後見人にする場合、後見人は家庭裁判所が選任します。このようなケースで後見人に就任するのは、弁護士や司法書士などの専門家であることが多いです。介護が必要な場合などには社会福祉士なども同時に選任されて、共同で後見人の職務にあたることもあります。

法定後見制度・成年後見制度を利用すると時間と費用がかかる

以上のように、相続人の中に認知症の方が含まれている場合、基本的にはそのまま遺産分割協議をすることができないので、家庭裁判所に申立をして、適切な法定後見人を選任してもらう必要があります。

しかし、成年後見制度を利用すると、非常に時間がかかります。申立をしてもすんなり後見開始というわけにはいかず、本人の状態を確認して本当に成年後見人が必要な状態かどうかが審査されます。親族の中に適当な成年後見人の候補者がいない場合には、弁護士などから成年後見人を選任しますが、その選任手続きにも非常に時間がかかります。結局、成年後見人選任申立をしてから実際に後見開始の審判がおりるまで、数ヶ月以上かかることが普通であり、その間は遺産分割協議がすすめられないことになります。

さらに、成年後見開始の審判では、必要があれば専門家による鑑定審査が行われることもあり、その場合には10万円を超えるような高額な鑑定費用も必要になります。以上のように、成年後見制度を利用すると、かなりの時間や費用が必要になってしまうので、その分遺産が目減りしますし、遺産が少額のケースなどでは何のために遺産分割をしたのかがわからなくなってしまうこともあります。

法定後見制度・成年後見制度を利用しない相続

相続人間に認知症の人がいる場合、成年後見制度を利用すると非常に時間や費用がかかることがあるので、これを利用しないで解決する方法がないのかが問題です。ここで、遺産分割協議をしないで相続する方法があります。認知症の患者がいる場合、本人に意思能力がないので遺産分割協議に参加することはできませんが、遺産分割協議を経ずにそのまま法定相続分に従って遺産の分割帰属を受けるだけなら、特に問題は起こりません。

そこで、認知症の人が相続人の中に混じっている場合、特に遺産分割協議をせずに、そのまますべての遺産を法定相続分に従って各自の相続人が受け取れば、成年後見制度を利用することなく相続ができます。ただこの場合、不動産は相続人全員の共有状態になるので売買や賃貸などの処分が困難になりますし固定資産税の支払いなどの際にも問題がお懲ります。さらに、預貯金などすべての遺産がこまかく分割されてしまうので、遺産の種類が多い場合などには手続きが煩雑になります。

相続人の中に認知症患者がいる場合の対処方法のもう1つは、遺言書を残しておくことです。遺言は遺言者による意思表示なので、遺贈を受ける人の意思能力は問題になりません。そこで、遺言者が生前において、適切に、各相続人に相続をさせる内容の遺言書を作成していたら、相続人らがわざわざ自分達で遺産分割協議をする必要がなくなるので、相続人の中に認知症の人がいても問題にならないのです。

自分の死後の相続予定者の中に認知症の人がいる場合には、死後に相続人らに余計な手間をかけないため、ぜひとも遺言書を残しておくことをおすすめします。

まとめ

今回は、相続人の中に認知症の人がいる場合の遺産分割方法について解説しました。重度の認知症の人には意思能力が無いので、その人が自分で遺産分割協議に参加して手続きを進めることができません。そこで、遺産分割協議をするためには本人のために成年後見人を選任する必要があります。

成年後見人の選任の申立は家庭裁判所に対する申立が必要であり、かなりの手間と時間がかかりますし、高額な費用がかかるケースもあります。誰も成年後見人になりたくない場合には、まったくの第三者が選任されて本人の財産管理にあたることになり、新たなトラブル原因になることもあります。かといって遺産分割協議を経ずに分割帰属させると不動産が共有になって処分も困難になるなどという不都合があります。このように、相続問題は非常に複雑で難しい問題をはらんでおり、個人では対応が難しいことが多くあります。そこで、このような問題は法律のプロである弁護士に依頼すると役立ちます。

弁護士であれば、有効な遺言書の作成方法や、成年後見審判の申立方法をアドバイスしてくれますし、手続きを代行してくれたり、そのまま後見人の候補者となって成年後見人に就任してくれたりすることもあります。相続人の中に認知症の人がいて対応に困っている場合には、今回の記事を参考にして是非とも一度、相続問題に強い弁護士に相談をしてみることをおすすめします。